プロフィール

さいたま市議会議員(中央区選出)

1991年生まれ。(27歳)

杏林大学卒業。

学生時代は野球とマジックに打ち込む。

フィリピンのスラム街への支援活動に尽力。

国連会議に2度参加し、発言も。

民青同盟埼玉県委員会専従を経て、日本共産党さいたま地区委員会勤務。

2019年のさいたま市議会議員選挙(中央区)で初当選。

所属委員会は総合政策委員会(常任委員会)・大都市行財政将来ビジョン委員会(特別委員会)・議会広報編集委員会。

中央区上落合在住。

 

市民のみなさんと連帯しながら、市政を希望に変えることに挑戦します!

 


たけこし連の思い


 

 連はすべての原点

 私は国連会議に2度参加させてもらいました。

 1度目は、学生時代にNGO団体の活動で、「子どもの権利条約に関する国連会議」に日本の子ども代表として現状報告をしてきました。自身の経験から「偏差値で自分の価値を決められ、自分を偽る子どもの辛さ」について報告しました。

その後、国連委員の報告でも、私の発言が引用され、とても感動したことを覚えています。

 2度目は、昨年に採択された「核兵器禁止条約に関する国連会議」に参加しました。しかし、日本政府はこの会議に参加せず、日本代表団の席には折り鶴があるだけでした。唯一の被爆国の政府が取るべき態度だとは到底思えませんでした。これでは被爆者の方にあまりに敬意がないと思います。

 2度の国連会議で委員の方と懇談をしましたが、共通して「こういう活動をしてくれてありがとう、これからも続けて一緒に世界を変えましょう」と声をかけていただきました。

この言葉は、私が政治の世界に飛び込むきっかけであり原点です。

 たくさんの矛盾を乗り越えて社会を、そして世界を変えていけるそんな政治家になれるように全力を尽くします。


物の給付制奨学金を

 社会人になってからも、給付制奨学金の創設を目指して学生や友人と運動をしました。学生を対象とした調査の中で「妹が進学をあきらめて申し訳ない」「水光熱費を払えなくて止められたことが何度もある」「食事の回数を減らして何とかやっている」「バイトの掛け持ちで授業にでられない、若者からチャンスを奪わないで欲しい」など、本当に切実な声に出会いました。

現在、2人に1人の学生が奨学金を借りています。私自身も借りていました。

教育は本来、誰にでも平等に開かれているものでなければならいと思います。お金のあるなしで、その機会が限定される社会を変えたいです。


  機児童をなくす

 友人が出産を経験して、保育園に入れることができずに仕事を辞めました。彼女は私に「出産は本来、うれしいことなのに今はそう思えない、2人目なんて考えられない」と泣きながら電話してきました。

現在、4人に1人が「保育園に入れない子ども」になっています。

出産=退職と一方的に、家族に押し付ける政治は間違っています。友人のような経験をする人をもう一人として出したくありません


間らしい働き方を

 私は学生時代に「テスト前でもシフトを入れられる」「バイト用のユニホームは実費」「お客さんがいない時間は時給が発生しない待機時間」といったブラックバイトを経験しました。抗議したい気持ちもありましたが、過労死寸前で働いている社員さんや店長さんを見ているとその気持ちもなくなりました。社会の矛盾を初めて実感した経験でした。

私は「食事や睡眠などの生理的中断以外、すべてが労働時間という社会」から「8時間働けば普通にくらせる社会」を本気で実現したいと思っています。